[開設] July 25, 2022 [更新] Aug. 19, 2026
先の悲惨な世界大戦は、広島と長崎への原爆投下でようやく終戦を迎えた。その中で私達は何かを学び、十分に反省したのか。
その答えは「ノー」だ。
日本に住む私達は、80年以上も昔の大戦の暗い影と恨み、憎しみの感情を引きずった報道を今でも毎日のように目にしている。戦後処理が決して完了してはいないことを明確に示している。
日本国外に目を向ければ、ロシアとウクライナ、アメリカとイランの間の争いなどの例が証明するように、21世紀となった今日も、戦争によって大勢の命が毎日奪われている。
これら戦争当事国の人々の心の中にあるわだかまりは深く、今すぐ問題解決の道を探らなければ、これから半世紀が経過しても世界情勢は変わらないと危惧される。
カオスからの出発
今から138億年前、宇宙が誕生したとされる。そして46億年前、私達が住む地球が形成され、やがて人類が現れ、人口80億人の現在に至る長い歴史が始まった。それがすべてだ。そこで何をしろ、どのように生きろという指針も決まりも、美しいとか醜いとかの価値基準も一切なかった。
そのようなカオスの中で、生きるための最小限の知恵が芽生え始める。毎日の食べ物を求めるなかで協力とともに争いや欲も生じ、境界、家族、集団、保護、差別などという概念が生まれていったと考えることができる。
平和に生きるという概念もないまま、私達の祖先は自然発生的な学習や工夫によりさまざまな道具や手段、生き方を手にしていった。その中には略奪や暴力も入っていたに違いない。
知恵と悪知恵はさらにレベルアップし、国境や国籍や戦争といった「文明」の概念が生まれ、複雑化していった。今がその頂点だ。
残念ながら、戦争や紛争による悲劇の報道が示すように、現在は知恵より悪知恵、話し合いより暴力の方が勝り、私達は国連、国際法や外交、政治、警察などで問題解決の道を探っている。
しかし、それは反省と称して来た道を正確に後戻りし、問題の発端と思われる水漏れ箇所を見つけ、そこにパッキンを当ててしのごうとするような姑息な手段に過ぎない。
迷わないように落としていったパンくず (言葉、記憶、知識、経験、定義) をひとつづつ拾い上げて確かめ、カビを払い落とし、パズルのピースのように少し離れた別の場所に無理やりはめ込むようなものだ。それでは新しい水漏れを防ぐことはできない。パズル自体に「既成概念」という限界枠があるからだ。
拾ったカビだらけのパンくずに頼っては解決したことにはならない。そのパンくずは忘れ、来た道を枝元まで一気に俯瞰し、新鮮なパンくず(思考、価値観、ビジョン、歴史の転換)を用意し、それを新しい道標として残しながら新しい道を切り開いて進むのが、正しい解決手段と思われる。
幸い、私達にはそのような歴史上の曲がり角を記録 (認識) するという最小限の知恵は備わっている。その解決策を求めて、カビだらけのパンくずまで戻って考える (反省する) ことも知っている。
そこで未来志向のビジョンを打ち立て、目前に広がるカビだらけのパンくず (戦争や侵略などの既成概念、価値観) を左右に蹴散らしながら、新しいビジョンに従って歴史の流れを新しい方向 (sdg0now: 戦争のない世界) に向け直して進むのが正解ではないだろうか。
この時、カビだらけのパンくずは完全に排除することが肝要だ。カビが少しでも残っていては、それは人類が過去の遺物となった既成概念や価値観にこれからも支配され、後ろに蹴散らしたと思ったカビだらけのパンくずにいつまでも惑わされ、悲惨な戦争や争いを繰り返す運命にあることを意味する。
子供たちの未来は大人世代の責任
戦争を放棄した直後の国際社会の意識状態を、新しい歴史 (ビジョン) の始まりとする。戦争のない世界を想像し、次に何をどうすべきかを講じる。
戦争の悲劇は人命だけではない。爆撃によって瓦礫の山と化した町、アパート、学校、病院、公園を再建し、安らぎを約束するベッド、温かい食事、きれいな水を確保するには、想像を絶する長い時間と莫大な資金が必要だ。
その天文学的規模の負担に苦しむのは、現在を生きる子供たち、これからの社会を支える若者たち、すなわち、私達の子供たちや孫たちだ。
「戦争」という化け物が、親世代である私達の心の奥に「美談」を伴う既成概念として力強く息づいていれば、戦争という選択肢を消し去ることはできない。過去の負の遺物は研究反省の対象となったとしても、決して崇拝の対象となってはならないのは明白だ。
さらに危惧すべきは、戦争相手国の人々に対する怒り、恨み、憎しみが「歴史教育」という名の下で、子供たちの心に刻み込まれている可能性があるということだ。それは、世代が変わっても「報復」という形になって、戦争が繰り返されることを強く示唆する。
外交努力によって国際情勢は少しずつ改善されていると見えても、実は私達はまだ戦争の歴史街道上に落ちているカビだらけのパンくずに頼って生活しているにすぎない。
世界の為政者達に尋ねたい。一体いつまで、戦争と将来の不安、閉塞感に束縛されたこの日常を若者たちに続けさせるつもりか。
国連が制定した「子どもの権利条約」が約束するように、世界中の若者たちには自由に生き、夢を追い求める権利がある。
次の世代の主役となる若者たちには、夢と希望と自由に満ちた明るい未来を用意しなければならない。
若者たちには、人類の福祉と平和に貢献したいという純粋で熱い情熱がある。彼らは科学、学術、スポーツ、芸術、福祉、娯楽など、あらゆる分野で互いを刺激し、協力し、正々堂々と競い合う意欲に満ち溢れている。
人類の将来は彼ら若者たちにかかっている。人間が決していつまでも愚かではないことを証明してもらう大役を、彼らに引き受けてもらわなければならない。
彼らこそ、この宇宙を舞台とした、人類の壮大な歴史を紡ぎ続けてくれる存在 (“time-binders”) であることを忘れてはならない。
続きは ⇒ SDG0-3 | 生きて生かせる
”みんな仲良し!”

世界中の子供たちに明るい未来を!
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