SDG0-2 | 人類史をつなぐ若者たち

[開設] July 25, 2022 [更新] May 11, 2026

難しい国際問題の解決は次の世代に任せようなどと、平然と口にする政治家がいる。それは戦争という残虐行為をそれまで容認することを意味する。

高い視点、長い視点から世の中を眺め、遠大な世界観、歴史観を描いて、真に平和な世界を築こうという使命感に燃えた政治家はいないのか

このような政治家のビジョンの欠如のために、私達はいつまでも未解決のままの「難しい国際問題」に重苦しい生活を強いられている。戦争さえなくなれば、最低限の平和は今すぐにでも実現できる。

平和を語るときに忘れてはならないのが、小中高生を含む若者たちの存在だ。次世代の主役となる若者たちには、戦争を含む世界の歴史と現状、平和の大切さを分かりやすい言葉で説明し、理解させることが重要だ。

この時、先入観も偏見も一切植え付けてはならない。若者たちに先入観や偏見を植え付けることは、古い価値観、間違った事実を彼らのポケットにこっそりと押し込むのと同じだ。それでは健全な意識形成は望めない。

抽象的で理解困難な法律論や歴史観で語ろうとすること自体が、平和の実現という課題解決を難しくしているように思える。子供たちに限らず、大人にとっても難解である。

平和や戦争の法律論や歴史観について書かれた世界中の文書すべてをAIに検証させても、正解は得られないであろう。                                                                                                                            
戦争を放棄した後どうするか、どのような国際社会をどのように形成するか。それを模索することこそ本来の課題ではないか。決して不可能なこととして片づけてはならない。

カオスからの出発

今から138億年前、宇宙が誕生したとされる。そして46億年前、私達が住む地球が形成され、やがて人類が現れ、人口80億人の現在に至る長い歴史が始まった。それがすべてだ。そこで何をしろ、どのように生きろという指針も決まりも、美しいとか醜いとかの価値基準も一切なかった。

そのようなカオスの中で、生きるための最小限の知恵が芽生え始める。毎日の食べ物を求めるなかで協力とともに争いや欲も生じ、境界、家族、集団、保護、社会、差別などという概念が生まれていったと考えることができる。

平和に生きるという概念もないまま、私達の祖先は学習や工夫によりさまざまな道具や手段、生き方を手にしていった。その中には略奪や暴力も入っていたに違いない。

知恵と悪知恵はさらにレベルアップし、国境や国籍や戦争といった「文明」の概念が生まれ、複雑化していった。今がその頂点だ。

残念ながら、戦争や紛争による悲劇の報道が示すように、現在は知恵より悪知恵、話し合いより暴力の方が勝り、私達は国連、国際法や政治、外交などで問題解決の道を探っている。

しかし、それは過去の経験から得た記憶と知識をたどりながら、来た道を正確に後戻りし、問題の発端と思われる水漏れ箇所を見つけ、そこにパッキンを当ててしのごうとするような一時的なプロセスに過ぎない。

迷わないように落としていったパンくず(言葉、記憶、知識、経験、定義) をひとつづつ拾い上げて確かめ、カビを払い落とし、パズルのピースのように少し離れた別の場所に無理やりはめ込むようなものだ。それでは新しい水漏れを防ぐことはできない。パズル自体に「既成概念」という限界枠があるからだ。

拾ったカビだらけのパンくずに頼っては解決したことにはならない。そのパンくずは忘れ、来た道を枝元まで一気に俯瞰し、新鮮なパンくず(思考、価値観、ビジョン、歴史の転換)を用意し、それを新しい道標として残しながら新しい道を切り開いて進むのが、正しい解決手段と思われる。人類の歴史は、46億年前から未来に向かって着実に時を進めてきた。しかしながら、ある時点から私達は明らかに誤った方向に進んでいる。

幸い、私達にはそのような歴史上の曲がり角を記録 (認識) するという最小限の知恵は備わっている。その解決策を求めて、カビだらけのパンくずまで戻って考える (反省する) ことも知っている。

そこで未来志向のビジョンを打ち立て、目前に広がるカビだらけのパンくず (戦争や侵略などの既成概念、価値観) を左右に蹴散らしながら、新しいビジョンに従って歴史の流れを新しい方向 (sdg0now: 戦争のない世界) に向け直して進むのが正解であろう。

この時、カビだらけのパンくずは完全に排除することが肝要だ。カビが少しでも残っていては、それは人類が過去の遺物となった既成概念や価値観にこれからも支配され、後ろに蹴散らしたと思ったカビだらけのパンくずにいつまでも惑わされ、悲惨な戦争や争いを繰り返す運命にあることを意味する。

「戦争」という言葉に惑わされてはならない。その単語は忘れ、他の道を探る勇気が求められる。その言葉が頭に残っていても、それを実行してみたいという衝動にかられてはならない。過去の負の遺物は研究反省の対象となったとしても、決して崇拝の対象となってはならない。

子供たちの権利は大人世代の責任

戦争を放棄した直後の国際社会の意識状態を、新しい歴史 (ビジョン) の始まりとする。戦争のない世界を想像し、その中であらゆる国際事案に取り組む。そうすれば、難しいとされる国際紛争も一気に解決することに気づく。

そして、気づいた後に何をどうすべきかを講じることこそ、現代社会を生きる私達に課せられた最優先の使命だ。

戦争の悲劇は人命だけではない。爆撃によって瓦礫の山と化した町、アパート、学校、病院、公園を再建し、安らぎを約束するベッド、温かい食事、きれいな水を確保するには、想像を絶する長い時間と莫大な資金が必要だ。

その天文学的規模の社会経済的負担に苦しむのは、現在を生きる子供たち、これからの社会を支える若者たち、私達の子供たち、孫たちだ。

その時、瓦礫を作った張本人、気の遠くなるような負の遺産と苦しみを次世代の若者たちに押し付けた大人達の姿は、もはやどこにもない。

大人に対する子供の不信感は、容易に消し去ることはできない。彼らの不安、悲しみ、不便、不自由は、大人が作り出したものだからだ。そして、その愚行は今日もなお、当然のごとく続いている。

それは「戦争」という化け物が、私達の心の奥に「美談」を伴う既成概念として力強く息づいているからだ。そのままでは、戦争という選択肢を消し去ることはできない。

さらに危惧すべきは、戦争相手国の人々に対する怒り、恨み、憎しみが「教育」という名の下で、子供たちの心に刻み込まれている可能性があるということだ。それは、世代が変わっても「復讐」という形になって、戦争が繰り返されることを強く示唆する。

外交努力によって国際情勢は少しずつ改善されていると見えても、実は私達はまだ戦争の歴史街道上に落ちているカビだらけのパンくずに頼って生活しているにすぎない。

世界の為政者達に尋ねたい。一体いつまで、戦争と将来の不安、閉塞感に束縛されたこの日常を若者たちに続けさせるつもりか。気が遠くなるような莫大な負の遺産を、いつまで彼らに押し付けるつもりか。


国連が制定した「子どもの権利条約」が約束するように、世界中の若者たちには自由に生き、夢を追い求める権利がある。次の世代の主役となる若者たちには、夢と希望と自由に満ちた明るい未来を用意しなければならない。

若者たちには、人類の福祉と平和に貢献したいという純粋で熱い情熱がある。彼らは科学、学術、スポーツ、芸術、福祉、娯楽など、あらゆる分野で互いを刺激し、協力し、正々堂々と競い合う意欲に満ち溢れている。

醜い覇権争いに明け暮れ、宇宙にまで競争を持ち込み、自分の手柄にしようなど目論むような愚かな若者はいない。そのような指導者の利己的欲望に追従、共鳴するような若者もいない。

人類の将来は彼ら若者たちにかかっている。人間が決していつまでも愚かではないことを証明してもらう大役を、彼らに引き受けてもらわなければならない。彼らこそ、この宇宙を舞台とした、人類の壮大な歴史を紡ぎ続けてくれる存在 (“time-binders”) であることを忘れてはならない。

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世界中の子供たちに明るい未来を!

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